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流通を担う皆さんと農業を考える会 ~保けん野菜を通じて届けていきたいもの~

  • 執筆者の写真: 秋山 智美
    秋山 智美
  • 2025年3月16日
  • 読了時間: 4分

2/28(金)に開催をした、野菜の流通を担うバイヤーや経営者の皆さんにお越しいただいたサムライバイヤーの会。最後のセッションでは『安全で美味しい低環境負荷の農産物が当たり前になった時、それでも届けていきたいものとは?』というテーマで、議論をさせていただきました。

これは私自身に向けてのテーマでもあり、今回は、この場を経て再認識をした保けん野菜を通じて届けていきたいものについて、とりとめなく書いてみようと思います。

テーマの設定背景

以前のブログ「流通を担う皆さんと農業を考える会 ~議論テーマとその背景~」でも少し触れさせていただいたのですが、これまでは手仕事に近い形でしか難しかったかもしれない、安全・美味しい・低環境負荷などの特徴を持った農産物の生産が、テクノロジーの進化により例えば「自然エネルギー×野菜工場」「ゲノム編集野菜×ヒューマノイド」などの形で実現する未来がくるだろうと考えており、既に実装し始められています。

1日5万個ものリーフレタスを出荷しているこちらの工場(日本のリーフレタス消費量の5~6%を供給できる規模とのこと)では、作業の95%ほどが自動化されており、生産を担うのは人間4人+ロボット。水は循環させて利用するため露地での栽培よりも80%少なく、工場から排出されるCO2はレタスの生育に利用されています。

株式会社 舞台ファーム HPより

以前「これからの食の変化に関わり得る様々な技術」にてご紹介させていただいたような技術進化までいかずとも、既に「もやし」や「きのこ」は、ほとんどが植物工場で栽培されており、自然と、何の違和感も無く、生活に浸透していくのかもしれません。

安全で美味しく環境負荷低く栄養摂取をするという観点において、また時間経過と共に生産コストが安く、流通が合理化されていくことが見込まれると考えると、価格という観点においても、このような形は当たり前に増えていくと思います。それでも、全てがそうなるという未来は望んでいない私がおり、それが保けん野菜にも繋がっていると考えています。


保けん野菜として届けていきたいもの

断片的ではありますが、今、改めて冒頭の問いに何らか答えるとすると、私自身が感じる食を通じた豊かさに通ずるこんなことなのかな、と思い浮かぶことをあげてみました。


食べる力

“主”食、“主”菜、“副”菜、という名前の通り、野菜は目の前の生命維持という観点での摂取の優先順位は低く、人間の味覚も本能的にはそれに即しているように思います。エネルギーとなる食べ物や、体をつくるもととなる食べ物は、甘味や旨味が強く、多くの人が(大人も子どもも)自然と求める味ではないかと思います。ピザ(小麦粉:炭水化物、チーズ:たんぱく質、油)を思い浮かべると、無条件に人間が好きな食べ物の代表格というのが納得できます。

一方で野菜に多く含まれる食物繊維やビタミン、ミネラルなどは、無味無臭または少し酸味や苦味を感じるものが多く、本能的に求める味では無く、経験の積み重ねが必要です。もちろん、甘味や旨味が強い野菜もありますが、ピザには全く太刀打ちできません。

そんな背景で、食の中でも食べる力を左右する“野菜”を、シンプルに美味しいから、○○さんの作った野菜だから、楽しい体験と重なって、など、理由はどうであれ、野菜を食べる経験を重ねていくきっかけ、ベースになりたいと考えています。


受け容れ楽しむ感覚

お金さえあればいつでも必要なものが手に入る現在において、高価なものでない限り、欲しいものを選択できない、あるもので何とかしなければならない、という状況は限られているかもしれません。しかし農業では、日々自分たちではコントロールできない天候や動植物に対峙し、思い通りに行かないことばかり。農家さんとお話をすると、野菜をつくるではなく、野菜が育つ環境を整える、という、主体が自分から離れたところにある感覚で栽培をされている方が多いのを感じます。

野菜そのものの移ろいや味の変化から季節を感じたり、時にその厳しさを感じたり、初めての野菜に対峙してみたり、お任せで届いた野菜で何とかしてみたり…、野菜を通じてそんな感覚を楽みながら積み重ねていただけたらと考えています。


循環

あらゆるものが地球上のどこかで生みだされ、私たちのもとに届き使われ、何らかの形で地球に戻っていきますが(良い形になっているかどうかはさておき)、その全体像を目にすることは殆どありません。様々なもののサプライチェーンが複雑になり見えにくくなっている中、極めて少ない、見える状態のものが残っているのが食ではないかと思っています。

また、体感として持ちにくくなっている循環の一端を、プランターやコンポストを通じて感じる、そんな体験を広げていけたらと思っています。

まだまだお届けしきれていない、体感いただけていないことも多々あるかと思いますが、引き続き、様々な形を通じてお届けしていきたいと思います。

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