鹿肉解体から考える、野生動物と人間の暮らし方 ~隣り合わせで暮らすのに必要なこと~
- 秋山 智美
- 2025年11月9日
- 読了時間: 4分
前回のブログでは、鹿肉解体を行った背景と概要についてお伝えさせていただきました。今回は、ほんの少しではありますが狩猟に触れて、また野生動物が身近にいる地域で暮らす中で、私自身が感じた野生動物と隣り合わせで暮らすのに必要なことを、共有させてください。普段あまり意識することがない、そのような地域が、そこで暮らす方々が担っていることの一部として、頭の片隅で認識していただけたら幸いです。

日本における都市人口の変遷
野生動物と隣り合わせで暮らす方々のボリューム推移をざっくりと掴むために、便宜的に野生動物と隣り合わせで暮らす≒都市部以外に暮らす人口として、長期的な都市人口比率と、そこから逆算した都市部以外人口の推移を概算してみました。一律の定義、参照元では算出できなかったため、あくまでざっくりとしたイメージとしてご覧いただければと思うのですが、長い時間軸で見ても割合だけではなく実数としての都市部以外の人口が、かなり少ないということに改めて驚きます。
現時点では居住エリアの減少を伴わない都市部以外人口の減少が続いているとすると、地方での1人あたりの野生動物と接続点どんどん増加していることになります。水道や病院などの社会インフラの維持コストの観点から、地方では居住エリアのコンパクト化が叫ばれていますが、自然・野生動物との対峙という観点においても、その必要性をひしひしと感じる数値でした。

野生動物と隣り合わせで暮らすのに必要なこと
私自身が実際に感じた野生動物と隣り合わせで暮らすのに必要なことということで、偏りのある内容になりますが、狩猟、農業の側面から、共有させてください。
継続的な狩猟
かつては食料確保のため、そして一時期は毛皮の輸出による外貨獲得のためにも行われていた狩猟。中でも、山での食物連鎖の頂点であったオオカミの絶滅により、生態系が一気に変わり、現在に至っていると言われています。(イエローストーン国立公園などでは、絶滅したオオカミを再導入して生態系を復活させるという取り組みが、1987年から行われています。)そのような経緯、状況を踏まえて、現在においては、崩れた生態系の回復や維持管理、人間の生活との距離を保つために、狩猟の継続が必要だと認識しています。
将来的には衛星画像などによる個体検知やドローンの活用など、何らかの形で負荷が小さくなっていく可能性はありますが、現在においては狩猟を継続することの難しさをひしひしと感じています。
銃のハードルの高さ 私自身、当初は“銃”での免許取得も考え講習も受けたのですが、緊張感を伴う自宅での銃の管理や利用時のリスク、定期的な訓練の必要性、維持管理のための金銭的なコストなど…、様々なハードルがあり断念をした経緯があります。
毎日見回りが必要なわな 私が免許を取得をした“わな”についても、実際に設置をした場合は、以下の理由で毎日の見回りが必要です。実際にわなにかかっていた場合は対応の時間も確保しておく必要があることも考えると、わなの設置に踏み切るにも高いハードルがあります。
捕獲をしてはいけない動物がかかってしまった場合は速やかに放す必要がある
かかった動物に熊など他の動物が寄ってきてしまうことを防ぐ
農業における獣害対応
山から降りてすぐ目の前に広がる山間の畑は、野生動物にとって簡単に食べものにありつける格好の場所です。そのため、畑の周りを柵で囲ったり、なかなか全ての畑には設置することが難しいですが畑によっては電気柵で囲ったり、食べられてしまわないような工夫が必要です。私が以前働いていた農場でも、「シカは音にびっくりして逃げるので、ポリプロピレンテープのような風になびいて音がするようなもので囲う」「トウモロコシはハクビシン、シカをはじめ、多くの動物の大好物なので、色々な動物の高さに合わせた電柵が必須」など、動物に食べられないための工夫を凝らしていました。
栽培している農作物が被害に合わないためにという観点だけでなく、野生動物がそれを覚えてしまうことによる、地域全体への影響を防ぐという意味合いでも、必要なことだと考えています。
人口減少に加え都市部への集中も継続している中で、地方≒自然との境界となるエリアが担う役割の変化、価値の変化が急速に起こっていくということを、改めて感じています。現状の課題を解消していくと共に、新たな価値が生まれていく、生み出していく、そんな必要性を再認識し、そんなエリアに拠点を置く一員として、改めてしっかり考えていきたいと思います。
