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古代中米から始まるとうもろこしの歴史

執筆者の写真: 秋山 智美
秋山 智美
7月5日
読了時間: 3分

更新日:9月18日

開催まで1ヶ月ほどとなった、今年の「コーン期 夏の風物詩 ー野祭ー」。開催に向けて、今週から何度かに渡り、とうもろこしにまつわるブログをお届けできればと思っています。 初回のとなる今回は、古代マヤ文明やアステカ文明などでは農耕の神様として崇められていた、とうもろこしの歴史を紐解いてみたいと思います。

メキシコ マヤ文明の古代都市カラクルムに残る壁画の一部 (とうもろこしの蒸し物やお粥など、とうもとこしを使った料理も描かれていると言われています)

古代マヤの神話では、人間を創造したとも言われるとうもろこし

とうもろこしは、中央アメリカに分布しているテオシントという小さな実を10粒ほどつけるイネ科の雑草が原種と言われており、長い年月をかけて人間が種を選抜しながら栽培を積み重ねることで、大きな実をつける現在のとうもろこしへと姿を変えていきました。

テオシント(筑波実験植物園HPより引用)


そんなとうもとこし発祥の地、中米の古代マヤ文明の神話では、神がとうもろこしを砕いた粉で人間を創造したと言われており、とうもろこしが極めて重要な作物だったということが想像できます。また、マヤ文明やアステカ文明など中米の古代文明では、豊穣の神としてとうもろこしの神様が存在しています。稲作が基盤となっている日本に「稲荷神(お稲荷さん」がいることを考えると、とうもろこしの神様も頷けます。



大航海時代を経て世界へ…

中米で生まれたとうもろこしは南北へと広がり、南北アメリカでも多くの地域で主食として食べられるようになりました。その後、15世紀末にコロンブスがアメリカ大陸からヨーロッパへ持ち帰り、ヨーロッパ各地、アフリカ、そしてアジアへと伝わっていったとされています。

現在、主にとうもろこしを主食としている地域は、中南米やアフリカの一部のエリアに限られていますが、甘味料や飼料、バイオエタノールの原料など、世界で一番多く栽培されている穀物となっています。



日本におけるとうもろこしの歴史

安土桃山時代にポルトガルから伝わったとされています。南蛮船から伝来したことから「なんばんきび」と呼ばれ、水田や畑が少ない山間部で栽培が定着していきます。この時に伝わったのはフリントコーン(硬粒種)と呼ばれる、皮が硬く、小麦や蕎麦のように粉に挽いて食べるものです。 その後、フリントコーン(硬粒種)が中国で変異したとされる、もちもちとした食感のワキシーコーン(もち種)が江戸時代に中国から伝わります。「もちとうきび」と呼ばれ、山間部で在来種として定着をしました。

現在、とうもろこしと聞いて思い浮かべる甘いとうもろこしは、スイートコーン(甘味種)と呼ばれるもので、明治時代初期にアメリカから伝わり、栽培、品種改良が行われてきました。現在では、さらに甘味の強いスーパースイートと分類される品種が多く開発され、主流になってきています。

次回は、世界で広がる穀物としてのとうもろこしと、日本における野菜としてのとうもろこし栽培について、お伝えできればと思います。 8/9(日)開催の「コーン期 夏の風物詩 ー野祭ー」のご参加申し込みも、お待ちしております。詳細はこちらをご確認ください。ご質問やお申し込みは、LINEよりお気軽にご連絡いただければ幸いです。

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