top of page

“農政の憲法”改正に向けた動き ~基本理念見直しの方向性~

  • 執筆者の写真: 秋山 智美
    秋山 智美
  • 2023年10月28日
  • 読了時間: 6分

更新日:2023年10月28日

前回は「食料・農業・農村基本法」の改正に向けた動きの背景について、お伝えさせていただきました。今回は見直しの方針として作成された“最終とりまとめ”にて示された、基本理念の見直しの方向性についてお伝えさせてください。

現行の法律における基本理念の考え方

現行の「食料・農業・農村基本法」では、国民全体の視点から農業・農村に期待される役割として(1)食料の安定供給、(2)多面的機能の発揮があること、その役割を果たすために(3)農業の持続的な発展と、(4)農村の振興が必要であることを、基本理念として位置付けています。

以下は、現行の法律における基本理念の考え方と、私見になりますが実態や必要な内容との乖離があるのではないかと思うことを記載しています。

  1. 食料の安定供給

    1. 国内生産の増大 1999年の制定当時の世界人口は60億人に達し、さらなる急増に応じた食料確保が不安視されていたことを踏まえ、国の政策の第一の理念として「将来にわたって良質な食料を合理的な価格で供給すること」を掲げています。加えて、国内の農業生産の増大を図ることを基本としつつも、輸入や備蓄を適切に組み合わせていく必要があるとしています。 一方で、実際には国内の農業生産は減少しており、基本として定めていた状態にはなっていないのが実情かと思います。

    2. 価格形成における市場原理の活用 「消費のないところに生産はない」という考えのもと、食料の価格を市場メカニズムに委ねることにし、それにより国内農業生産の増大と 食料安定供給が可能となることが期待されていました。 しかし、差別化が難しい一般的な流通経路の特性、農地を集約しずらく生産性を上げにくい環境、収益性の低い多くの兼業農家との共存、生鮮品という長期保存が難しいという特性など、さまざまな理由から、期待通りになったとは言えない状態ではないかと認識しています。原材料費の高騰分を転嫁できないという最近の状況も、それを反映しているかと思います。

    3. 食料の安定供給と食料安全保障の関係 国際貿易が極度に制限されるような不測の事態が発生した場合の食料安全保障を想定した内容になっています。 しかし、当時の想定よりも多様化する不測の事態の可能性の考慮、食料を生産するための原材料の調達については触れられていません。また、平時においては食料の安定供給さえされれば、食料安全保障は確保できるという考えに基づいていたため、平時における言及はありません。

  2. 多面的機能の発揮 農村において継続的に農業が営まれる食料生産以外の効果として、国土保全、水源のかん養(森林が水資源を蓄え、育み、守っている働き)、自然環境の保全等の機能があるということを、国内で農業生産を維持することの必要性として付け加えています 当時はプラスの効果についての言及がある一方で、環境負荷などのマイナス影響については触れられていません。

  3. 農業の持続的な発展 農業の持続的な発展を図るためには、生産性と収益性を確保し長期にわたって継続できる経営体が、農業生産の多くを担う状態を実現することが重要という考えの下、農地の区画拡大や生産基盤の整備を行うとされています。 生産性、収益性向上という方針に加え施策が示されている中で、その内容が限定的となってしまっている印象です。

  4. 農村の振興 制定当時、農村から都市への人口流出が進むとともに高齢化が進行し、将来的に農村が、農業生産や農業者の生活の場としての機能を果たせなくなる懸念から、農業の生産条件の整備や生活環境の整備によって、その振興を図ることが謳われています。 しかし、全ての農地を維持するのは非現実的で、場所によっては適切に自然に戻していく必要があるのではないかと思います。そのような観点が、必要なのではないかと感じています。


基本理念の見直しの方向性

前述の現行の基本理念について、変更の観点をかなりシンプルにすると主に以下に集約されるのではないかと思っています。

  • 食料安全保障の捉え方の変化

    • 不測時だけではなく平時における食品アクセスの観点を含める

    • 多様な不測時の可能性への備え

  • 環境や国際関係を踏まえた持続性の観点の追加

少し要約をしていますが、具体的には以下の方向性が提示されています。

  1. 国民一人一人の食料安全保障の確立 これまでは不測時を前提にしていた食料安全保障の考え方と、不測時に限らず「国民一人一人が活動的かつ健康的な活動を行うために十分な食料を、将来にわたり入手可能な状態」と定義。平時から食料安全保障の達成を図るために以下を行う、としています。

    1. 食料の安定供給のための総合的な取り組み 国内農業生産の増大を基本としつつ、輸入の安定確保や備蓄の有効活用等も一層重視する。

    2. 全ての国民が健康的な食生活を送るための食品アクセスの改善 買い物困難者等の解消に向けた食品製造、流通、小売事業者による供給体制整備、経済的理由により十分な食料を入手で きない者を支えるフードバンク等の活動支援等を通じて、食品への良好な アクセスを確保する。

    3. 海外市場も視野に入れた産業への転換 国内市場が縮小する中で、農業・食品産業の食料供給機能の維持強化を図るために、海外市場も視野に入れた産業に転換する。

    4. 適正な価格形成に向けた仕組みの構築 消費者や実需者のニーズに応じて生産された農産物について、適正な価格形成を実現し、生産者、加工・流通事業者、小売事業者、消費者等からなる持続可能な食料システムを構築する。

  2. 環境等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換 プラスの多面的機能の適切で十分な発揮を図るとともに、環境負荷等のマイナスの影響を最小限化する観点から、気候変動 や海外の環境規制等に対応。将来にわたって食料を安定的に供給できるように、環境負荷や人権等に配慮した持続可能な農業・食品産業への転換を目指す。

  3. 食料の安定供給を担う生産性の高い農業経営の育成・確保 今後、離農する経営体の農地の受け皿となる経営体や、付加価値向上を目指す経営体が食料供給の大部分を担うことが想定されることを踏まえ、農地の集積・集約化、経営基盤の強化を図るとともに、スマート農業をはじめとした新技術や新品種の導入を 通じた生産性の向上を実現する。

この方向性だけを見ると、法律の改正検討背景である“不測時の食料安全保障”について、どのように見直されているのかが見えにくいかと思います。むしろ、平時を重視しているようにも見えるかと思います。

次回は、今回の改正のきっかけであり、別途「食料安定供給・農林水産業基盤強化に向けた緊急対応パッケージ」としても進められている “不測時の食料安全保障”の観点から、見直しの内容をお伝えしたいと思います。

bottom of page